『千と千尋の神隠し』のラストで、千尋が湯婆婆に向かって突然、
「おばあちゃん!」
と呼びかける場面があります。
「えっ、千尋はいつから湯婆婆を“おばあちゃん”だと思っていたの?」
初めて湯婆婆に会ったとき、千尋は名前を奪われ、油屋で働くことを強いられました。そんな湯婆婆を、なぜ最後には親しみを込めて「おばあちゃん」と呼んだのでしょうか。
この一言を考えるうえで重要なのが、湯婆婆の双子の姉妹である銭婆との出会いです。
この記事では、ラストの「おばあちゃん!」という一言に込められた意味を、銭婆との出会い、千尋が「千」から「千尋」に戻っていく変化、そして湯婆婆との最後のやり取りから考察します。
千尋が湯婆婆を「おばあちゃん」と呼んだ理由は?
千尋が湯婆婆を「おばあちゃん」と呼んだのは、銭婆との出会いによって、湯婆婆を見る目が変わったからだと考えられます。
それまでの千尋にとって、湯婆婆は「名前を奪い、人を働かせる怖い魔女」でした。
ところが物語の途中で、千尋は湯婆婆の双子の姉、銭婆に出会います。
二人の見た目はそっくりで、銭婆も怖い魔女です。
ハクが盗んだ契約印を取り戻すため、白い札でハクを追い詰める。
化身を使って、坊をネズミの姿に変えるほどの魔力も持っています。
ところが千尋が銭婆の家で過ごした時間は恐ろしさとは真逆の、とても穏やかなものでした。
銭婆との出会いで、千尋が見たもの
千尋が銭婆のもとへ向かうとき、釜爺はこう言います。
「あの魔女は怖いぞ」
千尋はその言葉を聞いたうえで、銭婆の家へ向かいます。
そこで待っていたのは、ハクを追い詰めた魔女とは思えない、穏やかな人物でした。
銭婆は千尋にお茶とクッキーを出します。
カオナシも招き入れ、糸紡ぎを手伝わせます。
ネズミになった坊も、できることを探して加わります。
坊は、千尋と一緒に旅をしてきたことで、すっかり生き生きしていましたね。
本当は魔法が切れていたのに、自分の意思でネズミの姿のままでいたことが銭婆の言葉でわかります。
銭婆はみんなと一緒に糸を紡いで髪留めを作り、千尋が帰るときにはプレゼントしてくれました。
千尋がここで知ったのは、「魔女だから怖い」とは限らない。
その人の内面は優しいかもしれないということだったのではないでしょうか。
銭婆は怖い。
でも、千尋が実際に時を過ごした銭婆は、優しく思いやりのある存在でした。
その経験から、最後に千尋が湯婆婆を見たとき
「油屋の怖い女主人」という一面だけではなく、その人自身を見る目が生まれていた。
それが「おばあちゃん」という呼び方につながったのでしょう。
千尋は、湯婆婆を「湯婆婆」と呼ばなかった
ここで注目したいのが、千尋が湯婆婆に対して、どんな立場で接していたかです。
初めて湯婆婆に会ったときの千尋は、完全に圧倒されています。
「ここで働かせてください」と必死に頼み、契約を結ぶ。
名前を奪われ、「千」と呼ばれるようになります。
油屋では、湯婆婆が主人で、千尋はそのもとで働く従業員です。
千尋が湯婆婆の前に立ったとき、そこにははっきりとした上下関係がありました。
ところが、最後の場面では、その関係はもうありません。
最後の千尋は「千」ではなく「千尋」
ハクの助けがあったおかげで、千尋は自分の名前を取り戻すことができました。
そして、湯婆婆から、並んだブタの中から「両親を当ててみな」と課された最後の試練を前にして、千尋は怯えませんでした。
冷静にブタを見渡して、
「この中にお父さんとお母さんはいない」
とキッパリと答えます。
この場所に来たばかりの頃の千尋なら、困ってしまったかも知れません。
でも最後の千尋は、自分で見て、自分で考えて、自分の答えを口にします。
それは、湯婆婆に従う「千」ではなく、自分で判断する「千尋」でした。
最後の「おばあちゃん!」に湯婆婆が返した言葉
千尋は、銭婆のもとから油屋へ帰ってきます。
そこで対峙した湯婆婆に向かって、
「おばあちゃん!」
と呼びかけます。
すると湯婆婆は、
「だーれがおばあちゃんだよ!」
と返します。
このやり取りが、なんとも微笑ましく思えます。
湯婆婆は、最後まで湯婆婆です。
千尋を縛った契約も、名前を奪ったことも、なかったことにはなっていません。
突然、優しいおばあちゃんになったわけでもありません。
湯婆婆の立場が変わったのではなく、千尋の見方が変わった。
銭婆との時間を過ごし、恐ろしい魔力を持つ魔女にも、静かに暮らし、人を迎え入れ、手を動かしてものを作る姿があることを知った千尋。
だから湯婆婆についても、「油屋の主人」という立場だけで相手を見るのではなく、その人自身を見ることができるようになったのでしょう。
その変化が、説明ではなく、たった一言の「おばあちゃん!」として表れた。
そして湯婆婆の「だーれがおばあちゃんだよ!」まで含めて見ると、
緊張感のあった二人の関係が、最後には少しだけおかしく、
親しみのあるものに見えてきますね。
まとめ|「おばあちゃん」は、千尋が最後に選んだ呼び方
千尋が湯婆婆を「おばあちゃん」と呼んだ理由は、公式には説明されていません。
ただ、銭婆との出会いを振り返ると、ひとつの読み方ができます。
銭婆の恐ろしい魔力も、その後の穏やかな暮らしも、千尋は自分の目で見ました。
そして最後には、湯婆婆についても「怖い魔女」「油屋の主人」という一面だけではなく、その人自身を見るようになった。
そこで自然に出てきたのが、
「おばあちゃん!」
だったのではないでしょうか。
千尋が、人を肩書きや見た目だけで判断しない目を手に入れた証(あかし)。
そう考えてもう一度ラストを見ると、湯婆婆の「だーれがおばあちゃんだよ!」まで、ちょっと違って聞こえるかもしれません。
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